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【子も親も】不登校と不安【解消法ってあるのかな】

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【子も親も】不登校と不安【解消法ってあるのかな】

来てくれてありがとうございます。

 

この記事では、元不登校のあたいが思う『不登校と不安』不安から解放される方法はあるのか。考えてみた事をまとめました。結論、人生に不安はつきものです。学校や会社に行っていない方、行きたくない方と共有したい内容です。目次ご利用ください。

【不登校の子】なんで学校に行っていないと不安なの?解消できる?【不登校の親】

この記事にたどり着いてくれた方。いきなりですけど、不安に押しつぶされそうになっていないですか?

あたいには不登校経験者の知り合い、お友達が沢山います。ボランティアとして携わっていた、学び直し専門の塾では不登校児の親御さんと一対一でお話しする事もしばしばありました。あたいは思うのです、不登校の本人、その親、なんでこんなに不安がっているのかしら、と。そして思い出すのです、あたいが中学校を登校拒否していた時も巨大な不安に押しつぶされそうになりながら、なんとか生きながらえていた事を。

不登校って大した問題じゃない?【登校拒否のあたいの不安】

あたいが登校を拒否している時生じた不安は、自分自身が社会に適応していない事実や、今後中卒でどうなってしまうのか全く見通しが立たない事、にももちろん原因があったわけですが、少し他の不登校経験者と違うなぁと感じるのは、当時のあたいには根本的に貧困の問題があったからです。プロフィール等にも書き散らかしていますが、あたいの家はあたいが中学生の時、父親(父トン)が失職し、結構えぐいレベルの貧乏だったんです。これ以上はやめておこうと、書く事を躊躇するレベルの出来事も多々ありました。
いつか書きますけど。

あたい
あたい
身も心も貧乏

ですので、極端な言い方にはなりますが、ある意味不登校というのは小さな問題だったわけです。そうですよね、明日の飯も食えないかも知れないとか、今日父親が首を吊るかな?っていう心配がある時に、自分が学校に行っていない事なんてなんとも小さい問題ですよね。
貧困だけじゃないです、家族の誰かが、あるいは自分自身が重大な病気であるとか、災害や事故に巻き込まれたとか、とにかく命に関わる事態にある時、不登校はとても小さな問題です。

そういうわけであたいが不登校である事によって生じる不安は、さらに大きな不安によってごまかされていたという気がしています。但し両親はそうではなかったと思います、失職した上に子供は不登校になってしまうなんて、輪をかけて不安になった事でしょう。あたいが学校に行かなくなってしまったのは、父トン失職が原因だと思った事もあったみたいです。

あたい
あたい
まあほんのちょっとだけ当たってるけどね

※あたいは根本的にはただの学校嫌いですが、家庭内の問題が原因で学校に行けなくなっている子供もいますので、そうした場合まず不登校を解決しようとしない事です。解決すべきは家庭内の問題です。原因を絶たずに結果だけ求めようとしても体調を崩すだけです。蛇口から止め処なく放出される水を、蛇口を閉めずにどれだけ受け止めようにも、バケツがいくつあっても足りません、そのうちに床は水浸しです。まず蛇口を閉めて下さい。

不登校は大きな問題【多くの人の不安】

多くの方にとって、不登校はきっと大きな問題です。もしかしたら人生最大の試練に感じていらっしゃる方もいるかもしれません。不登校を経験した多くの方が、将来的にはきちんと自立していきますが、学校に行っていない真っ最中の時には、一生引きこもりかも・・・・何の仕事もできないかも・・・・と本人も親御さんも不安になるのは当然の事です。「きっと大丈夫」と「やっぱダメ」の間で気持ちがグラグラしてしまったら、あたいはこういう風に思います。

あたい
あたい
だってほとんどの人がしない経験をしているんだもん不安で当たり前じゃん

ああなんで不安になっちゃうんだろう。なんて自分を責めたりしない事です。
不安になって当たり前なんです。

そして無責任ながらお伝えしておきたいのは不登校に限らずですが、今めちゃくちゃ悩んでいても、潰れそうなほど大きな不安を抱えていても、過ぎてしまえばなんて事はない、良い思い出になるかどうかはさておき

あたい
あたい
良い思い出にはならねーよ

あんな事もあったなぁ程度のただの記憶、ただの1つの通過点になりますよ。

実際あたいは不登校系ブロガー(自称)ですので、自分の体験を細かく思い出そうとしますけど、うちの親なんて自分の子供が不登校だった事なんて覚えてもいないんじゃないかってレベルで何事も無かったかのように過ごしてますよ。

あたい
あたい
あの時は~・・・という思い出話にすらならない

そしてあたいと違って、不登校ではあるけど家庭内に貧困の問題が無い方。
今学校に行っていないというだけで、学び直そうと思ったら親御さんが支援してくれる状態にある方、マジでなんとでもなりますので今は心身を休めて下さい。不登校でもそうでなくても、生きていたら学びたくなる瞬間が必ず訪れますので、その時に何を今更・・・と思わずに必ず学び直して下さい。学校にちゃんと行ってきた人でも勉強全然できない人はたくさんいますので、取り残されたと思わずにやりたいと思う時が来たら必ず挑戦しましょう。

 

そして不登校や引きこもりに加えて家庭内に貧困の問題がある方へ。
正直に申し上げて少しハードル高めです。あたいは経験者ですのでそこは痛いほどよくわかるのですが、学ぶって金がかかります。みんながお母さんに買って貰っている参考書を自分で買わなくてはなりません、それを買うには働かなくてはいけません、働いた時間の分だけ学びの時間は減ってしまいます。でもあなたは一人じゃないぞ。
その難儀が世界であなただけに降り注いだものだと思わないで。
たまに泣いちゃう時があっても良いので腐らずにね。

あたい
あたい
世の中の理不尽さは今に始まった事じゃないの

不登校だけど不安にならない人

少し特殊な例かもしれませんが、学校に行っていないけどご自身も親御さんもそれを原因とした不安を抱えていない家庭も少なからずあるんです。あたいの知人の中で、そういう家庭に共通している特徴は、自分に(子供に)とって学校という場所は必要のないものだ、と心から思っているという事です。皆が行っているからって何なの?ってな具合です。

あたいのお友達、たるちゃんは小学生の時に日本にやってきた帰国子女ですが、日本の学校が合わず、ほとんど行っていないんだそうで、出会った頃はよく最終学歴は小学校中退♪と楽しそうに話していました。親御さんは自分の速度でブレずに学ぶ事、自分なりに社会と関わる事だけは忘れないようにね、とだけたるちゃんに伝えていたそうで、学校に行くように言われた事は一度もなかったそうな。たるちゃんが20歳、あたいが17歳になる年、お互い働きながら定時制高校に入学して知り合ったのです。

あたい
あたい
たるちゃんは頭の良い姉さんって感じだったわ。

今ではたるちゃんもあたいもただの社会人です。

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不安からは解放されないが・・・

人生は不安と共にあるもの

学校に行っていない事で生じる本人や親御さんの不安ですが、学校に行けば不安から解放されるのか、を考えてみます。

当然、嘘偽りのない笑顔で復学できるのであればそれが一番喜ばしい事でしょうし、それは不安からの解放のようにも感じます。
しかし、そもそも不登校になった事で生じる不安は、おそらく自分が(子供が)大人になった時に自立できないのではないか、いくつになっても引きこもりやニートのまま親の世話になっているのではないか、幸せな人生を歩めないのではないか、結局は将来を悲観して生じるものです。

将来の事って誰にもわかりませんよね。正直学校に行っているからって安心している人がいるならそっちの方が心配になります。

あたい
あたい
お気楽なやっちゃなぁ

適当に高校、大学と出たくらいで一生安泰なんて時代終わりましたよ。

あたいは今お世話になっている通信制の大学に編入する前、別の大学で一般的な学部生をししていました。当然そこには不登校経験者ではない、小、中、高、きちんと卒業して大学に入学してきた仲間が沢山いるわけですが、みんな大学生特有の人生楽しんでますオーラを発しながらも悩んでましたよ。単位の事、将来の事、院進はまた金がかかる、就職すんのか嫌だな就活、あああああ。

きちんと学校に行ってきちんと就職した人が路頭に迷ったり、精神を病んだり、引きこもったりしているんです、そしてその数は年々増えています。
学校に行っている、というのは束の間の安心なのです。先の事なんて誰にも解りません。
だから不安になるのは当たり前なんです。
問題なく小学校、中学校とこなし、それなりに頑張って高校受験、入学したとてその後どうすんだ、またそれなりに勉強勉強、大学入って結局仕事はどうすんだ、生きてける?良好な人間関係は築けるの?どれだけ給料もらえるの?ありとあらゆる物が値上がりしてるけど?ずっと元気じゃいられない、健康問題。自分も親も。ちゃんとした食事してる?そのうち親の介護か?自宅で?施設?お金はどうする、年金なんてあてになんねーぞ。我が子に自分のオムツ変えてもらいたい親なんていない、でもこれがこの世の現実。目標を達成しても達成しても、次から次へと新たな課題が現れて、結局どうやって死んでいくんだろう。不安じゃない人はたぶん悟ってる。

あたい
あたい
人生は狂人主催のオリンピック、とは芥川龍之介の言葉よ

やれ走れ走れ止まるな休むな走れ走れとはやし立てられ走り続けたところでゴールがないんですもの。大人が病んでいるでしょう。世帯持ち、子持ちもそうでない人も。
子供が不登校でもそうでなくても。
そういう世の中に子供だって生きているんです。子供だって一緒です。
走り始めたばっかなんだから余計大変です。

あたい
あたい
流転輪廻よ、もう開き直って楽しむしかねーなこりゃ。


復学を目指さないという選択

あたいは他人様の人生に責任を取る事はできません。ですので1人の元不登校の経験談として、1つの選択肢として参考程度に書いておきます。
あたいは不登校の子、その親御さんに相談を持ち掛けられた際、学校へ戻る事を推奨していません。これは紛れもなくあたい自身が学校に行きたくなかったからで、他の人には他の人のやり方が当然あるわけですが、あたいは学校に行っておけば良かった、などと一度も思った事がないからです。

あたい
あたい
今だって行きたくねーよ

あたいも中学校に行かなくなった時、最初のうちは午前中だけは行こうかなとか、この授業だけは、何曜日だけはー、などと最後の悪あがきをしていたんですよ。
でもどれぐらい経った時だか忘れたんですが、ある日突然その状態に猛烈な嫌悪感を抱き、親と担任にわざわざ宣言しました。

あたい
あたい
もう何があっても行かないわ

この日以降本当に中学校には行っていません。
やらなければならない(と思っている)事を実行していない状態ってとっても脳に負担がかかるんですよね。あーまた今日もできなかった、また今日もできなかったと、何も解決していないのにどんどん心が疲弊していきます。

あたいはもう一生中学校に行きません宣言をする事で、学校には『行かなければならない』けど『行っていない』状態から脱却しました。学校という場所を『行かなければならない場所』から『あたいには用の無い場所』に降格しました。
前述しました通り、そうやったところで不安から解放されるわけではありませんが、少なくとも『行かなくちゃ』『行けない』『行かなくちゃ』『行けない』の間で押しつぶされそうになる事は回避できたわけです。応急処置みたいなものです。

そしてよく不登校の子供の状態を、学校に『行かない』んじゃなくて『行けない』んだ。『行きたいけど行けない』んだ、と表す事がありますが、もし今あなたがそのように感じていて、苦しさを感じているなら、本当に行きたいと思ってるのか今一度自分の心に聞いてみてほしい。
大人に対する言い訳や、世間的には行かなければならないんだというプレッシャーから『行きたいけど行けない』と言っている、あるいは自分自身でもそう思い込んでいるかもしれない、でも本当はこれっぽっちも行きたくない可能性はない?

あたい
あたい
本当の気持ちか・・・

今の状態が苦しくて仕方ないなら、どうしたら学校に行けるのかじゃなくて、学校は無かった事にして、さてどうやって生きていこうかと考えても良いのではないでしょうか。
また、小学校、中学校に戻らなくても、高校からは通信制や定時制と言う選択肢も増えます。そこで挑戦してみても良いし、高校も通いたくないという場合でも16歳になる年からは働くこともできるようになります。高卒認定を取得して専門学校や大学に行くのも良い。
おいおいそんな簡単に言うなよ、と思われるでしょうが、道なんていくらでもある事だけはお伝えしておきます。

そして再度になりますがもしあなたが今、心身の病気とか、貧困や家庭不和等の問題の渦中にある場合、不登校はどうでもいい問題である事を知っておいてください。勉強なんて後からどうにでもなりますから。解決すべき優先順位は明白です。
専門家や福祉制度等頼れるものは全て頼りましょう。

2023年4月

 

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